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2011.08.14 磐船神社
今朝はあまりの疲労感で二度寝してしまい、朝ライドに行けず。
お昼から大和と河内のちょうど境にある磐船神社へ行ってきた。
クルマで。

P8141010.jpg


磐船神社は饒速日命が天孫降臨した地とされ、彼が乗っていたとされる天の磐船といわれる巨石がご神体である。

諸説様々あるが、簡潔に書くと彼は現在の磐船神社へ降臨する。
その地の有力者である長髄彦の妹と結婚する。
その後、神武天皇の東征が起こり饒速日命と長髄彦は神武に対抗するようになる。
ここまでの構図は前九年の役に似ているか。
が、は神武と天孫族(?)の同族であることを知り(確認しあい?)、長髄彦を裏切り殺してしまう。
古代史に重きをなす物部氏の祖は饒速日命とされる。

神話時代の天皇家と饒速日命が同族である確認をしたのであればそれは鉄の何事かと考えられるが、それを書き出すと長くなる。
自分にとっては時代が隔たるが、饒速日命と武内宿禰が神話時代に近い古代史の非常に興味のある人物である。

なぜここに行ったのかというのも、昨日朝ライドでご一緒した穴虫さん。
お住まいの地名からとったHNだそうだ。
失礼ながらその地名で思い出した。

HNを聞いたとき大和の先住民族の名前を思い出した。
記紀では土蜘蛛などという蔑称で呼んでいる。
彼らが虫の巣のような横穴に住んでいたので、そういう蔑称が生まれたといわれるが果たしてどうなのか?
ちなみに日本サッカーのシンボルである八咫烏もある意味蔑称だと思う。

彼らと一時同族となった饒速日命について何者であるかを少々考えながら昨日は山サイしていた。
また、その後滅亡した物部氏の末裔が蝦夷と関係があった伝承などとあわせると興味深い。


閑話休題。
さて磐船神社。
神仏習合や山岳信仰の影響を受けているとは思うのだが、岩窟巡りをすることが出来る。

P8141015.jpg

岩窟は非常に狭く複雑。
スペースとスペースをつなぐ路が狭い。路というか穴。
クロックスで行くことは決してお薦めできない。
足元の装備はしっかりとして行くべき。

印象としては、非常に複雑な石舞台か。
少なくとも自然に出来たとは思えない。何らかの人為的な力が加わっているように思える。

岩の隙間から光が差し込む。
時間や季節によってこれらの見え方も変わってくるのかもしれない。

印象としては、少なくとも居住空間のようには思えない。
が、「穴に住む土蜘蛛族」となんらかの関わりがあるように思える。

前述した神仏習合や本地垂迹が日本の神社について何事かを非常にややこしくしているが、神話時代以前の日本を考えるうえで磐船神社は非常に興味深い神社であった。
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