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2010.10.17 いろは丸
今日の龍馬伝はいろは丸事件だった。

坂本龍馬の事跡は維新史の奇跡だともいわれるし、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」執筆以後は多くの日本人にとって偉大な英雄の一人である。
世界史的に英雄といわれるアレキサンドロス三世やチンギス・ハンなどと比肩するわけにはいかないが、世界に対して誇れる青春をもつ偉大な日本人だということは言えるであろう。

個人的に坂本龍馬の事跡のなかでいろは丸事件は最も好きな事跡だ。
坂本は貿易会社を立ち上げたり、グラバーをはじめとする様々な外国人と接することもあったのだろう。
しかし現実的には当時の日本は鎖国状況にあり、依然として幕府の権威は衰えていない。
あくまで江戸期以降の封建社会での倫理観が日本人の意識を支配していた時代だ。
その状況下で「普遍的な倫理観」を「万国公法」にもとめた坂本の着想はやはり驚嘆に値する。

大河ドラマが終わるとすぐに中国における反日デモのニュースが流れた。
昨今の尖閣諸島問題では、自分も含めて多くの日本人は憤っているであろう。
デモを見てみても日本の反中デモよりあきらかに過激で、「盗人猛々しい」という印象を受けてしまう。

ただ、これは司馬遼太郎の言葉だが、歴史的にみて中国という国家は大きすぎる。
それを日本人は理解してやる必要があるように思う。
日本は適正サイズであり、明治維新のような大転換や日露戦争のような無理も辛うじて破綻することなく耐えることが出来た。
太平洋戦争は適正サイズを見誤った身の程を知らぬ馬鹿げた暴挙だったが、敗戦以後の日本は多くの矛盾も抱えながらも発展を続けてきた。
今後のことはわからないが、東洋の島国の我々が持つべきサイズを理解していれば大きな誤りはないとは思う。

中国はあまりにも多い人口を飼いならすために、儒教を取り入れた。
日本の経営者でも論語を座右の書にする人が多いが、日本人の血肉のなかに儒教思想は本質的には入っていない。
これらが清朝末期には足枷となり、近代国家の成立が遅れ列強諸国に食い物にされる時代がつづく。

結局、中国に近代国家が成立するのは第二次世界大戦以降であり、巨大な儒教思想を打ち破るには文化大革命というあまりにも極端なことをせざるを得なかった。
下手に民主化などしようものなら、あっという間に汚職まみれの腐敗した国家に逆戻りするだろう。
韓国の政治化がしょっちゅう汚職をするのも儒教思想が根強いからだ。
彼らが親族を優遇したり便宜を図るのは、儒教として大いに肯定することなのだから。

日本でもし天安門事件のようなことが起きると、どうだろうか。
多少の情報統制があったとしても、なんらかの反作用がすばやく起こるような気がする。
しかし、中国は大きすぎる。
作用も反作用もあまりにも鈍重だ。

尖閣問題でデモを行い中国人が国家観を持つことは大いに結構だと思う。
十中八九、情報操作によって起こっているデモなのだろうが、尊皇攘夷とイデオロギーは変わらないだろう。
ただ、そのエネルギーを使って明らかに国際的というか、普遍的なモラル・倫理観から逸脱している中国を修正できる中国の坂本龍馬の登場を期待したい。
坂本をもってしてもやはり中国は大きすぎるとは思うのだが。
となればまずは、天下三分の計か。

という受け売りばかりだが、大河ドラマのあとビールを飲みながらつらつら考えてしまった。
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